【社員インタビュー vol.1】DeNAから教育ベンチャーへ、13年目の挑戦。世界一の組織作りを目指して

posted on 2019/03/05

ライフイズテックの創業者、水野雄介(代表取締役CEO)は、折につけて人気漫画「ワンピース」に出てくる「麦わら海賊団」のような組織を作りたいと話します。
船長一人ではワンピースにはたどり着けない。剣士がいて、航海士がいて、コックがいて・・・。尊敬し合える仲間が一つのチームになることで、大きなことを成し得ることができるのだと。
そんなライフイズテックで働く社員から、その人のバックグラウンドやキャリア、仕事に対する思いなどをインタビューした新企画です。この人は剣士?それともコック?あるいは音楽家? と「ワンピース」を想像しながら読んでもらえると楽しいかもしれません。

ライフイズテックの人事・コーポレートブランドを担っているのが、内藤誠人マネジャーだ。内藤マネジャーは、2005年4月に新卒で入社した株式会社ディー・エヌ・エーで約12年半勤めた後、2017年10月、ライフイズテックにジョインした。ライフイズテックを世界一の組織にするべく、日々奮闘していいる。プライベートではJリーグ草創期から浦和レッズファンで、週末はスタジアムでの観戦に声を枯らす。

ーー前職である株式会社ディー・エヌ・エーに入社した経緯を教えてください

大学3年で何となく就活を始めた時、特に希望業界は絞らずに、多くの人が知っているいわゆる大企業の採用説明会に行きました。そしたらそこで大きな違和感を感じてしまって、説明会は2部構成だったのですが、1部で帰ってしまったんです。「俺じゃなくてもいいな」って気がしたんですね。「あなただから、君だから、お前だから」っていうことを全面的に出しながらできる仕事の方がいいなと考えるようになりました。

大きい会社に入ると、何万人分の1人ですが、小さな会社だと数十人分の1人になり、その人であるための必要性が高まります。大企業は仕組みが優れているがゆえに、「誰」であるかはさほど重要でなく、人数が必要です。一方で、ベンチャー企業は仕組みなどがまだ整っていないので、一人ひとりのパワーがどのくらいであるか、その人の能力がどれだけ優れているかが重要になってきます。

そういう感覚で、まだ名前が知られていないベンチャー企業に視点を向けて就活するようになり、ディー・エヌ・エーに出会いました。当時、社員は100人もいませんでした。何が良かったのかというと、僕が出会ったディー・エヌ・エーの方は、目を輝かせながら自分たちの仕事を誇らしく語っていて、それにとても魅かれ、入社しました。

ーーディー・エヌ・エーではどんな仕事をしていたのですか

1年目はEC事業の営業です。ディー・エヌ・エーは当時、楽天のようにショッピングモールを運営していました。僕はそこで加盟店開拓の営業から社会人の一歩を踏み出しました。プレーヤーとして1年、2年目には当時のディー・エヌ・エーで最年少でマネジャーになりました。

3年目以降は、海外を含めた新規事業の立ち上げプロジェクトや広告営業にも従事し、ビジネスの最前線に身を置きました。

そして、2012年夏から人事を担当することになり、そこからは最後までずっと人事です。新卒・中途採用、人材開発、HRBP(ヒューマンリソースビジネスパートナー)などを経験しました。HRBPというのは、人事の側面において、事業部長を助けたり、一緒になって課題解決を図ったりするのが役割です。

ーーライフイズテックに入社するきっかけは何だったのでしょう

2013年だったと思いますが、僕が新卒採用の責任者をしていた時に、水野さん(代表取締役CEO)がディー・エヌ・エーを訪れ、大学生が中高生を教えるライフイズテックの取り組みについて説明をされました。その大学生のコミュニティが素晴らしいので、新卒採用というスコープで見た時にも、良いコミュニティにならないですかねっていう話を水野さんから提案されました。僕もとても素敵だなと感銘を受けて、そこからライフイズテックとの関係性が生まれました。

シンプルにディー・エヌ・エーにとってもメリットが大きかったですし、ライフイズテックの世の中に対しての価値、インパクトを考えた時に、めちゃくちゃ良いことをしている会社だと思いました。ライフイズテックのファンになった感じでした。

採用担当していて、「ディー・エヌ・エー以外ではどんな会社に入りたいですか」という変化球的な質問をしてくる学生もいましたが、ライフイズテックという会社と出会ってからは、「ライフイズテックかな」という返答をするようになっていきました。

ディー・エヌ・エーで、人事のど真中、つまりは会社のど真ん中で仕事をしていて、組織の中で働いている「人」や「組織力」のパワーの大きさに気づかされることがとても多かったです。チームや仲間、組織、文化で揺るぎない強いものを作り上げることができれば、成し遂げられないものはないという感覚になりました。

そういうことを考えるうちに、僕は人事という領域で素敵な組織を作りたいなと思うようになったんですね。もちろん、「ディー・エヌ・エーでやればいいじゃん」という話になるんですが、ディー・エヌ・エーは既に組織の土台はしっかりした状態でしたので、ゼロイチで、自分が考える理想的な組織を作っていきたいと思いました。

今まで僕は、自分がどういう仕事がしたいというのはあまり考えずに、会社のためになることであれば、自分の力を120%使うというスタンスで仕事をしてきました。自分のやりたいことは二の次というところに、やりたいことができた感覚です。まず無理矢理でも立ち止まって、色々考えてみようと。

年齢の部分もあったかもしれません。今までがむしゃらに働いて、培ってきた能力や経験をどこで何に使うのかをはっきりさせたかったということもあります。

そこで一旦、外も見て見ようとした時に、ライフイズテックしか思いつく会社がなかったです。必然的にライフイズテックとなっていた感じで、他の転職活動はしていないです。

ライフイズテックの事業の素晴らしさ、チームの良さ、一緒に働く人の良さを目の当たりにして、最終的には新しい環境で、自分が理想とする組織を作っていこうと決めました。

ーー迷いはなかったですか

やっぱりありました。有り難いことに引き止めもしてくれましたし、新卒で入り、育ててもらって、たくさんの恩もあります。今でもディー・エヌ・エーという会社は大好きです。卒業するのか、残るのか、自分自身もめちゃくちゃ悩みましたし、色んな人に相談もしました。

ーーライフイズテックに入社してからの仕事について教えてください

入社直後は事業開発という仕事をやりました。その当時は、人事よりも優先順位が高い仕事がありましたので。事業開発は、色んなステークホルダーさんの資産とライフイズテックが持つ資産を掛け合わせ、新しい事業や価値を作り上げていく仕事です。

例えば、ソニー・インタラクティブエンタテインメントさんとは、教育という観点でVR(バーチャル・リアリティー)キャンプを行いました。

その後、「テクノロジア魔法学校」の記者発表イベントのプロジェクトマネジメントやセールス、マーケティングをやって、2018年の夏前から本格的に人事の仕事が大きくなっていきました。

ーーライフイズテックに入って仕事で辛かったことや挫折のようなことはありましたか

もちろん、色々な仕事をやって局面ごとに瞬間的に忙しかったりしんどかったりしたことはありましたが、僕はミッションやビジョンに共感すると、何でもできるという自負があります。いま、自分が必要とされていること、やるべきことに全力を尽くすという考えなので、僕が何をしたいかという点は、正直あんまり優先順位が高くありません。

ですから、しんどい、辛い、挫折みたいなことが思考的に起きづらいです。それは僕のキャラクターなのかもしれません。

ーーそういったキャラクターはいつ頃から形作られたのでしょうか

難しいですね。僕はよく、「エモい」という言葉を使うのですが、昔からロジックよりも「お前じゃなきゃだめだ」という話をとても意気に感じます。チームのメンバーが自分に背中を預けてくれて、お互い信頼し合って、働いていくことが大好きです。そういう関係性がめちゃくちゃ好きで、そうやって仕事したいと思うんですよね。

仲間との信頼関係が自分の原動力になっているというのがあります。

ーーライフイズテックの未来についてどう考えていますか

僕はチームや仲間、組織、文化というものが素晴らしいものになっていれば、どんなことでも乗り越えていけるし、どんな未来でも実現可能だと思っています。ライフイズテックのミッションはブレませんので、僕は土台づくりをしっかり完遂できれば、ライフイズテックの目指すものにダイレクトに繋がっていくと思っています。

ですから、世界一の組織を作りたいです。

ーーライフイズテックの仲間はどういう存在ですか

同志でしょうかね。仲は良いし、ワイワイと協力しながら仕事をしています。ただ仲が良いだけじゃなくて、ミッションに忠実な人たちが集まっている感じです。そこの部分に疑念はありません。同じ方向を向いて、同じ未来を実現するために、それぞれの能力を発揮し合っている同志です。

ーー人事担当者の目からどういう人にジョインしてもらいたいですか

ライフイズテックのミッションや組織、文化に対して共感度が高い人であってほしいというのが前提としてあります。その上にダイバーシティーがあったほうがいいと思っています。

営業がすごい得意な人、優れたマーケティング力を発揮する人、リーガル知識が豊富な人等々、なるべくダイバーシティーが豊かなほうがいいです。この先、色んな課題に直面することが多くなると思いますので、今回はあの人とあの人がタッグで、チームで、ということになれば、解決できることが格段に増えるからです。

ーー仕事とは少し離れますが、最後に浦和レッズでエモい話をお願いします

浦和レッズの当時の本拠地・浦和駒場スタジアムが、僕の実家から自転車で10分ぐらいの距離だったんです。加えて、そのレッズの選手が試合の日に必ず泊まる宿舎が実家から自転車で2分でした。

小学5年生の時にJリーグが開幕して、当時のその盛り上がりをすごく身近に感じることができて、最初からすごい好きでした。

シーズン中、週末はほぼ試合に行ってます。年間シート持ってます。家族を連れていくこともあります。アウェイも関東近郊だかったら行きますし、韓国まで行ったこともあります。

浦和レッズのファンってすごいクラブに対しての愛があるんですよね。僕もある時からもう勝ち負けを超えたところまできまして(笑)もちろん、勝ってもらいたいんですが、勝ち負けより大事なことがあることに気付くんですよ。

サポーターが全力で応援して、ピッチでは選手が本気でプレーする。その関係性がすごく好きです。ピッチ上で「あ、この選手、命かけてるな」というのが分かるんですよ。こっちの声援が選手に確かに届いているという感覚もあるんです。

こうしてレッズを語ると、僕の仕事や生き方にも繋がる気はしてるんです。

レッズが勝ってエネルギーチャージになることもありますし、負けて落ち込むこともあります。人生みたいなもんですね(笑)

<インタビューを終えて>

自分が何をしたいかよりも、自分に求められていることを優先し、全力を注ぐという話は、まさにスポーツのチームプレーに通じるものではないでしょうか。高校生の仲間の絆を描いた青春野球漫画「ROOKIES」で、主人公が帽子のつばの裏に「one for all」と記していたシーンを思い出しました。内藤マネジャーが浦和レッズを応援するのは、そのパーソナリティを考えれば、必然だったのかもしれませんね。そう、一人はみんなのために・・・。

ライター:宮本俊一
プロフィール:1981年、群馬県生まれ。2006年、読売新聞東京本社入社。記者職を中心に歩む。子どもの未来に繋がる仕事がしたいと2018年11月、Life is Tech! へ。仕事の傍ら2013年からエッセーを書き始め、「第18回約束(プロミス)エッセー大賞」(産経新聞社主催)などで入賞。「誰にでも分かりやすく」をモットーに、旬な話題を随時アップします!